海外の人と接する時、語学力だけを磨いてもコミュニケーションが深まらないと感じている方は多いのではないでしょうか。そこには、語学のみならず国・宗教・社会階級などの様々な文化差が、互いの理解を阻む壁となっているからです。
本書はその文化差を乗り越え、人々が理解しあうためのヒントを与えてくれます。大学・企業などで「異文化コミュニケーション論」を学ぶための参考書として書かれた本書ですが、具体例が多く挿入され、実践の場でも役立つことを目指して書かれています。国際人としてのコミュニケーションの基礎が学べる一冊です。
- はじめて学ぶ異文化コミュニケーション 多文化共生と平和構築に向けて
- 著者:石井敏・久米昭元・長谷川典子・桜木俊行・石黒武人
- 出版社:有斐閣
- 販売開始日:2018/07/30
相槌を打ちすぎてしまう日本人
英語でのコミュニケーションの際、相手の反応の薄さに戸惑い、落ち着かない気持ちになってしまった経験はないでしょうか。本書では、非言語コミュニケーションを文化比較する中で、日本人はとりわけ相槌を頻繁に使う傾向がある、と述べています。
(以下本文より)
”相手の発言に対して「ふーん、そう」などの発声を通して反応する頻度が比較的高い方だと言われる日本人は、とくに電話でアメリカ人などと話す場面では相手の反応の少なさに戸惑うかもしれない。逆にアメリカ人の感覚からすると、日本人は英語で話す際に“yeah,yeah”などの反応を多用しすぎて落ち着かない感じがすることもまれでない。”
他にも日本人留学生が、英語での面接の際に試験官の反応のなさに困惑し、自信を失っていった例を紹介しています。実際にはこのアメリカ人の試験官はアイコンタクトを使って、相手に話を続けることを促していたのですが、日本人留学生には伝わりませんでした。
このことから、日本人の動作としての相槌と、アメリカ人のアイコンタクトでの相槌との違いが、コミュニケーションの大きな壁となっていることが分かります。この違いに自覚的になることは、英語での円滑なコミュニケーションの助けとなるでしょう。
英語版「天声人語」が評価されない理由
日本では入学試験に取り上げられ、エッセーのお手本ともいえるような名文である「天声人語」。「天声人語」を1文ずつ完璧な英語に直しつつも、文の流れはそのままという、日英折衷の形にしたところ、英語母語話者からの評判が悪かったことを本書では取り上げています。
英語母語話者の評判は「話が変わりすぎて、何が言いたいのかよくわからない」「話がぐるぐるまわってどこに進むのかわからない」といったもの。
その原因は文章の論理構成のもととなる日米の思考パターンの違いであると筆者は指摘します。思考パターンを日本は「点的」・アメリカは「線的」であるとし、日本の「点的」思考パターンが生まれた背景には、同質性を基軸として成立した日本独自の文化があると説明しています。
上記のような自文化の癖を改めて知り、自分自身を見直すことで異文化コミュニケーションにおいても新たな気づきを得られることでしょう。
パッと見で判断していませんか?ステレオタイプにご用心!
本書ではよりよい異文化コミュニケーションのために気をつけるべきこととして、ステレオタイプの弊害について述べています。
相手のアイデンティティを間違って認識することは、コミュニケーションの溝をより深めることにもなりかねません。
本書では以下の2点を注意点として挙げています。
- 「外見」や「国籍」などの1つの指標で相手のすべてが理解できるはずはなく、どんなときでも目の前の人の全体像をとらえようとする努力を忘れないこと
- コミュニケーションの相手が何を大切にし、どのようなアイデンティティを前面に押し出しているか、敏感に察知しつつ、自分のアイデンティティも上手に提示していくこと
上記の具体例として、日本ではとくに「外国人らしい外見」に過剰に反応してしまうことが挙げられています。日本育ちの外国人は常に外国人扱いされてしまい、ステレオタイプの質問ばかりを受け、それがコミュニケーションの壁を生んでいるのです。
本書で繰り返し述べられていたのが、実際の異文化コミュニケーションで重要なのは文化差よりも、個人差であるということ。文化差のみならず、相手の個性を汲み取る気遣いの重要性を本書は教えてくれます。
【目次】
プロローグ 異文化コミュニケーションを学ぶということ
- 初めに
- 平和構築への障壁
- 終わりに
- 異文化コミュニケーションの基礎概念
- 文化について
- コミュニケーションについて
- 異文化コミュニケーション
- 重要キーワード
- 自己とアイデンティティ
- 自分を映す鏡としての自己像
- 社会・文化的アイデンティティ
- 多文化社会と多面的アイデンティティ
- 異文化コミュニケーションの障壁
- 障壁の種類
- 偏見・ステレオタイプはなぜ生まれるか
- 偏見の逓減に向けて
- 深層文化の探究
- 文化的価値観の学習過程
- 価値志向モデルと価値観の国際比較
- 思考パターンの文化比較
- 言語コミュニケーション
- 言語の構造
- 言語メッセージの意味と用法
- コミュニケーション・スタイル
- 文化差・個人差・コンテキストの諸要因
- 非言語コミュニケーション
- 非言語メッセージの特徴
- 非言語メッセージの種類
- 非言語メッセージとコミュニケーション・スタイル
- カルチャーショックと適応のプロセス
- カルチャーショックの特徴
- 異文化適応曲線
- 異文化適応に影響を及ぼす要因
- 「成長」過程としての異文化適応
- 異文化経験とアイデンティティの変化
- 対人コミュニケーション
- 異文化の友人
- 異文化の恋人との関係構築
- 「思い込み」異文化コミュケーション
- 異文化コミュニケーションの教育・訓練
- 異文化コミュニケーション能力
- 異文化コミュニケーションの教育
- 異文化コミュニケーションの訓練
- 教育と訓練の背景理論とファシリテーターの役割
- 異文化コミュニケーターの条件
第10章 異文化コミュニケーションの研究
- 異文化コミュニケーション研究の歴史
- 異文化コミュニケーション研究の特徴
- 異文化コミュニケーション研究の領域
- 異文化コミュニケーション研究の方法
あとがき
引用・参考文献
ブックガイド
事項索引
人名索引
1969年、ノースウエスタン大学大学院スピーチ・コミュニケーション研究科修士課程修了
元 獨協大学教授(2017年 逝去)
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