//最大の目標は“継続すること”―持ち前の好奇心で邁進するDHBR編集長

最大の目標は“継続すること”―持ち前の好奇心で邁進するDHBR編集長

ハーバード・ビジネス・スクールの教育理念に基づき、同校の機関誌として1922年に創刊され、全米国内29万人の愛読者を持つ『Harvard Business Review』(以下『HBR』)。世界14か国と地域で翻訳され、60万人のエクゼクティブに愛読されているこの雑誌の日本語版『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(以下『DHBR』)編集長に2年前就任した大坪亮さん。「ビジネス・パーソンのための教科書」として、他の追随を許さないDHBRが今、チャレンジしようとしていること、そして大坪さん自身の目標を語ってもらった。

「世の中をよりよくできる」仕事として、マスコミを選んだ

「難解さを廃し、経営者やビジネス・パーソンが読んで、すぐにビジネスに生かせるように」という編集方針のもと、HBRの論文と日本オリジナルの記事を組み合わせ、日本人読者のためにわかりやすく、時宜に合ったテーマを特集している『DHBR』。
ビジネスの最先端をいくこの雑誌の編集長に上り詰めた大坪さんだが、「運によるものが大きかった」と謙遜する。「若い頃から人並み以上の好奇心と行動力があった」と振り返る大坪さんは、早稲田大学政治経済学部在学中にテレビ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」に出演し、ハワイまで勝ち進む。アメリカを体感して「もっと知りたい」という思いから、その後ニュージャージー州に3週間のホームステイも経験。卒業後は集英社に就職し、月刊女性誌『MORE』の編集に携わる。卒業時に職業を選ぶ際、“働くことの意味”や“仕事のやりがい”を真剣に考えた結果、行き着いたのがマスコミの仕事だったという。

「ウルトラクイズとホームステイで、“日常生活で使う英語はなんとかなるな“と過信しちゃったんですね(笑)。その後、英語を真剣に学習しなかったことは、今日に至るまで反省しています。海外に取材や交渉に行くと毎回焦って、“英語学習を始めるか”と思うんですけど(笑)」

「卒業後に就職した集英社は給料はよかったし、芸能人にも会えるし、職場環境は最高だった。でも、『一生はできないな』と思ったんです。そもそも『社会のいろんな出来事を直接見聞きできる』『多少なりとも世の中をよりよくできる』仕事として、マスコミを選んだ。生活や文化ではなく、経済や政治を取材したいと思って、3年後に転職したのが、今日まで29年間勤務しているダイヤモンド社です」

今の最大の課題は『DHBR』デジタル版の成功

ダイヤモンド社では5つの雑誌の編集を経て、2年前に『DHBR』編集長に就任した。この雑誌の元となる『HBR』のコンテンツは、ハーバード・ビジネス・スクールを始め、世界各国のビジネス・スクールの教授陣、企業経営者、コンサルタント、脳科学や心理学の研究者、歴史家など、各界の権威の寄稿や、彼らのインタビューで構成されている。
「例えば、マイケル・ポーターの『戦略とは何か』、クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』、ジョン・コッターの『リーダーシップとマネジメントの違い』、チャン・キムの『ブルーオーシャン戦略』、古くはピーター・ドラッカーの『経営者の使命』など、経営学の“スーパースター”が論文を寄稿しています。そういった論文は後に書籍化され、ベストセラーになることも多いので、経営や社会の針路を決定づける論考を、いち早く読むことができるのが、『DHBR』最大の特徴です。ただそれらの論文はアメリカの経済環境を前提にしているので、日本人が読んですぐに腑に落ちるものではありません。より日本の読者向けにわかりやすくするために、日本オリジナルの論文を加えています。それらは一橋大学や東京大学などの学者や、マッキンゼー・アンド・カンパニーやボストンコンサルティンググループなどの戦略コンサルタントに執筆を依頼しています」

現在『DHBR』は毎月、紙の雑誌でリリース。一部論文はPDFでも購入できるが、重点的な課題として掲げているのは、今後のデジタル版の展開だという。

「おそらく『DHBR』だけではなく、ほとんどの雑誌にとって課題になっているのではないでしょうか。ただ『HBR』は12P以上の論文が基本なので、デジタルで読み切って理解するには難しい面があります。もしかしたら『DHBR』は、さっと読むのはデジタルで、家でじっくり勉強するのは紙の雑誌という読者が多くなる可能性もある。そうなると『DHBR』は、新しいモデルを作らなくてはならない。これは『DHBR』のもうひとつのチャレンジになるかもしれません」

楽しいと思えなければ続かないし、評価される結果は出せない

日夜『DHBR』の編集に取り組んでいる大坪さん。休日はどう過ごしているのかを訊ねると……。
「土日も仕事をしていることが多いです。もちろんそれだけでは行き詰まってしまうので、自宅近くのプールで泳いだり、シネコンで映画を観たりして、息抜きはしています。休日も仕事をしているのは、半分は責務ですが、もう半分はおもしろく思えるから。“好きこそものの上手なれ”という言葉通り、やはり嫌な仕事は続かないし、評価される仕事はできません。毎月、編集長として編集後記、定期購読者向けの手紙、編集長ブログを書いていますが、そのためにいろんな本を読んで、読者に向けてどういうふうに書こうかと考えるのは、大変だけど楽しいですね。もし、今の職場が楽しいと思えないなら、転職するというのが合理的ではないかと思います」

「どういう出会いがあって、どういう人とフィーリングが合うのか、やってみなくてはわからない。若い頃は好奇心旺盛で、“下手な鉄砲、数を撃たなきゃ当たらない”というのが、自分の哲学でもあった。今はこの好奇心を、この仕事が満たしてくれています。自分の会いたい人にうまく企画を合わせて提案をすれば取材ができる。いい仕事ですよ(笑)」

編集長としての最大の目標は“継続すること”

大坪さんは、今後の雑誌の使命をどう考えているのか。
「1950年代、日本はがむしゃらに試行錯誤して、1970年代にアメリカに追いついた。なぜ追いつかれたかを考えたアメリカは、日本は“みんなで協力する”ことで、1+1が3になるように生産性を上げる工夫をしてきたことを突き止めたんです。そして、それを“理論化”した。アメリカでは“言語化しないと伝わらない”という部分があって、物事を“理論化”をすることがとてもうまいんです。アメリカは日本がどうやって生産性を上げたのかを理論化したものを『HBR』に載せて、みんなで学んで日本を追いかけた結果、また追いついた。チャン・キム教授は“今度は日本人が理論化を学んで、日本人らしく壁を乗り越えていくこと”を提案しています。そういった論文を日本人にわかりやすく伝えて、学ぶだけでなくて実践できるように伝えていくことが、『DHBR』の使命だと思っています」

「また、世界経済フォーラムによる『男女平等ランキング』では、2017年度、日本は144か国中114位で、過去ずっとこのような低位が続いています。国連の女性差別撤廃委員会からも再三、改善を勧告されているのです。『HBR』はリベラルな部分が強く、男女の不平等について労働条件を含めて、正そうとする意識が強い。ここは若い頃、女性誌編集部で育てられた僕自身の考えと共通する部分なので、『DHBR』にも出していきたいですね」
世界的にポピュリズムが強まり、格差や差別問題が悪化。トランプ政権が誕生して以来、フェイクニュース、セクシャルハラスメント、地球環境の破壊など、多くの課題が深刻化している。そういった状況を踏まえ、『HBR』では社会的課題に対処する論考が増えているという。「社会をよりよくすることは『HBR』編集部の意志のあらわれなので、『DHBR』でも最大限生かしたい。しかし、シリアスなテーマは販売部数が伸びないという現状がある。販売部数を中心に考えれば、高収益に結実する経営に関するテーマに集中したほうがいいことは確か。そういった状況でシリアスな社会問題を取り上げるのもまた、大きなチャレンジですね。それに、スピーディに進歩しているテクノロジーの流れに遅れず、自社の利益を高めることも重要だと思っています」

「僕はダイヤモンド社に入社して、5つの雑誌に関わり、3誌の休刊を体験してきました。利益を上げなければ雑誌はすぐに休刊することを実体験で知っています。出版業界は今、雑誌の売上減少が大きい。編集長としての僕の最大の目標は、最低限の目標かもしれませんが(笑)、継続することですね。また、僭越ながら、また微力ながら、この仕事を通じて日本社会がよりよくなることに尽力したい。“よりよく”とは、企業が利益を上げて、株主や従業員、取引業者、税金を通して国、地域社会などにそれを還元して、公正や公平、環境に悪い活動を改めるなど、いろんな面で寄与したいと思っています」

プロフィール大坪亮(おおつぼ りょう)
1961年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。青山学院大学国際政治経済学研究科修士課程修了。集英社を経て、1989年ダイヤモンド社に入社。「週刊ダイヤモンド」副編集長などを経て、月刊誌「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」(DHBR)編集長に就任。著書に『勝ち組企業のマネジメント理論』(角川SSC新書)

取材・文 山西裕美
撮影 高梨光司

By |2018-12-13T11:57:41+00:00December 6th, 2018|Categories: Interview|0 Comments

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